和せいろは、暮らしに物語を作る道具

一度購入したら、頻繁に買い替えるものではない台所道具は、
納得して選びたいですよね。

和せいろと中華せいろの違いは何ですか?
というのはよく聞かれるご質問の一つです。

構造の違いや、素材についてももちろん知っていただきたいのですが、
本日は少し目線を変えて、和せいろが使われてきた背景をご紹介したいと思います。

 

和せいろは、皆さんが想像しているよりもずっと昔から、
私たちのご先祖様によって大切に伝えられてきた道具。
その背景を知ることで、和せいろを使う時の気持ちが今よりちょっとあたたかくなれば嬉しいです。

さっそくですが、お話の始まりは、縄文時代までさかのぼります。
自然と共生する暮らしの中で、稲作や縄文土器など独自の文化が発展した時代です。

日本で最初に作られたお米は、私たちが普段食べている、うるち米のご飯ではなく、もち米でした。

もち米を食べるためには、その性質から蒸してやわらかくする必要があります。
当時は、土器を使ってもち米を蒸していました。
後に羽釜の原型ともなるこの道具を、甑(こしき)と言います。


奈良時代後期や、平安時代前期に読まれた和歌に、
甑の描写がでてくることからも、身近な道具であったことがわかります。


時代の流れとともに、技術が発展していき、木を曲げてつくられるようになります。
(文献によると飛鳥時代頃だそう。この話も面白いのでまた別の機会に!)

最初にかたい木を曲げてみようと考えた人はすごいですね。
どんな木でも曲がるというわけではないので、
今の形に行きつくまでには、並々ならぬ努力や工夫があったのだろうと思います。

実際に和せいろが使われてきた台所でも、様々な工夫がされてきました。
野菜やまんじゅうを蒸かすだけでなく、ご飯の保存性を上げるためにも使われていたそうです。
あたたかくもなって一石二鳥です。

 

さらに様々な技術が発展すると、丈夫な金属製の蒸し器が登場したり、炊飯器でもおこわが作れたりと、台所は時代とともに変化していきます。
それでもなお、和せいろは受け継がれ続けています。

今でも、お祭りのために人々が集い、和せいろを囲んで賑やかにおこわを作る地域があったり、
お正月に親戚で集まってお餅をつく時に和せいろを使う方もいらっしゃると思います。

私も小さいころ、おばあちゃんが大きなせいろでおこわを作ってくれたことをよく覚えています。


暮らしに溶け込む和せいろは、人と人とのご縁を繋げる特別な道具に思えてきます。

また、道具と一緒に人々の願いや想いも残ります。
おいしい蒸し料理と、あたたかな想いは、消えることなく世代を超えて受け継がれるのです。

 


もちろん台所で一人で和せいろを使う中でも、このあたたかさを感じる瞬間はたくさんあります。
ひのきの良い香りや、ほっとするたたずまい、手仕事のあたたかみ。
野菜の甘みや食感、意外と簡単につかえるところなど、
思わず誰かに伝えたくなってしまいますよね。


手にした瞬間から、ちょっと特別な気持ちになる和せいろは、暮らしの中に物語をつくります。
楽しいことも、悲しいことも、一緒に記憶を積み上げていける存在です。